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20年を振り返って。

本人にとっては特別でも、他からすれば全然大したことない一日がやってくる。



誕生日。




またひとつ歳を重ね、ついに僕は20歳になる。




子供の頃に好きだったものや、小さいときの思い出。

それらが「懐かしい」という感情になって、僕にときめきと寂しさを与える日々が増えてきた。この20年での経験は全て今の自分を作っている重要なパーツだ。


少し振り返って、これまでの冒険の気づきをレポートに記録しておこうと思う。




とにかくビビりで生まれた。

雷の音や、火事のニュースはもちろん、ジェットコースターも、マスコットキャラクターの着ぐるみも、サンタさんでさえ怖くて、警戒心が強かった。


どんどん好奇心を尊重できるようになってチャレンジも増えた。

責任ある役割を持たせてもらう機会も増えた。

成長して、ビビりな自分に勝てることが多くなっていった。


死に対する恐怖を抱いていて、今でもときどき、いつか自分は消えて無くなるんだと思って苦しくなる。けどそれは、きっとビビリだからじゃなくて、こうしてみんなに恵まれて本当に楽しいからだと思ってる。



子供でいたい。

歳をとれば消えていくと思っていた感情は、今も変わらないみたいだ。


同時に、自分はきっと特別だと思っていた。

何かすごく運が良い気がするし、自分の中に世界観があった。




ソフトテニスに10年間本気で打ち込んだ。


人をいじめたり、親友と仲違いしたり、反省すべきこともしてきたし、

ゲームやカードに夢中になることもあったが、このソフトテニスというスポーツの出会いと別れが自分の20年にとって一番重大なことだった。


弱い心を強くしてくれたのは、ソフトテニスだと思うから、最初にソフトテニスとのお話をしよう。



ソフトテニスは、基本4ポイント4ゲーム先取。

テニスは4ポイントを6ゲーム先取して1セット。これを3セットとか、5セット行うわけだから、ソフトテニスの1試合は一瞬で終わる。ゴムボールで天候や回転の影響を受けやすい。まさにメンタルスポーツって感じの競技。


僕は小学3年生になると同時に地元のソフトテニスのスポーツ少年団に入った。

理由は、父に勧められた野球から逃れるため。デッドボールが怖かったから。


人見知りだから全く心を開けなくて、仮病でよく休んでいた。

夏に出た初めての大会で優勝して、春には全国大会へ出ることになって、目立たないための真面目さがいつの間にか戦うしかない状況へと追い込んだ。


一度スイッチが入ると止まらない。

こうしてソフトテニスに引き込まれていくのだった。



とにかく自分に厳しく、小学校から帰ったら毎日4㎞を走り、夏休みは朝5時から部活が始まる前に隠れて練習をしたこともあったし、中高はキャプテンとして責任を負ってとにかくできることをした。勉強も怠らなかった。

たくさんたくさん怒られた。悔しい思いもしたし、ラケットを握るのが怖いときもあったけど、それでも勝利を目指してもがき続けていた。


高校の進路選択に迷って、県内の私立に残って、ここでテニスを終わりにしようって決めた。最後までなかなか納得いく結果が残せなくて、とにかくいろいろな感情が溢れる必死の3年間だったけど、最後のインターハイでテニスを純粋に楽しむことができて、やりきったと思えた。


両親が会場に来れなくて、このプレーを見せられなかったのが唯一の後悔。



弱い自分を認めて、自分と戦って、強くなれた。


振り返れば力み過ぎだったんだけど、一つのことにここまで全力を注げたことは褒めてあげたい。



だから大学生になると生活が急変したし、世界の広さを感じて、毎日が刺激的だった。

テニスから離れて、自分との向き合い方も変わって気づいたのは、もっともっと楽しむ生き方があるのだということ。



勝つこと、努力すること、正しいことが大事だと信じていた。


監督が言う通りの指示に従い、最も自分が苦しむ鍛錬を選び、自信になるはずの練習は、これで負けたらどうしようという不安になっていた。


今もう一度選手に復帰するなら、もっとペアとのコミュニケーションや楽しむことを重視するし、得意の活かし方を自分で考え、試合でベストな心を作るための練習をしている。



選手を離れて思い出したテニスを始める前の将来の夢「イラストレーターになること。」

初めて出た大会で優勝し、全国大会出場を繰り返し、自分はこの分野で特別になるのかもしれないという期待がそれ以外の選択肢を消していた。



自分が決めた道、進んでいる道は、全てでは無い。


今の僕は、自由や愛を感じること、自分の想像を表現することが大切。


自由帳にたくさん絵をかいて、イラストレーターになりたいと思っていた過去。

自分の奥底でしたいと思っていることは真っ白なキャンバスを自分の想像力に任せて自由に描くことなんだと気づいた。



これを読んでいるあなたはもしかしたら、やりたいこと、好きなことが分からないと悩まされているかもしれない。


僕もそうだった。

定期的に自分を見つめ直して、ノートは棚でいっぱい。そして見つけたのが今の答え。

周りのペースや周りの声は気にしなくていいから、自分のペースで自分と対話を続けたら少し見えるものがあるかもしれない。自分しか信じるものはないよ。だから、自分を信じて。


未来の自分のヒントになるように、過去の自分に報告してあげるために、今の答えを信じてほしい。手紙感覚で何か記録に残すのもいいと思う。






この先どうなるかなんて全くわからない。

10年前も、1年前も、自分がこうなるとは想像もしていなかった。




その時はきっと、大切だと思ったことを信じ続けてきた自分がまた新しい道を切り拓いている。


サプライズだらけの毎日を楽しんでいこう。



ー川を渡って岸に着く、自分の未来は自分で切り拓けますように。ー

航岸の由来である。




節目の歳だ。とにかく感謝しよう。

産み出してくれたお父さん、お母さん。ありがとう。



まだまだ感謝の気持ちの返し方は模索中。




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